真レオ☆ぽん日記 - 2001年9月 -

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2001年9月4日(火)   43 点
10年目突入
 

 
     
  しばらく更新をサボっていたが、サカつくは10年目に突入。
前回アジアレベルで敵なしと書いたが、実はたまに負けていた……。
7〜9年目の大きな動きは、まずバステンを海外に放出したこと。
現在のツートップは、架空日本人FPの那智と、サンフレッチェの久保竜彦だ。
中澤、中田浩二も三十路に突入し、ベテランとしてチームを支えている。
16歳から育てたアクーザは、いまやJナンバーワンの司令塔だ。
この間W杯予選再放送(ブラジル−パラグアイ)で見たモノホンとはすでにデキが違う。
金に余裕もでき、地元への投資も始めている。
現在の状況は
住宅:9%
経済:26%
スポーツ12%
自然:11%
スタート時に比べるとずいぶんマシになってきた。
パーフェクトタウンも不可能じゃないかも。

しかし、わりと毎年のことを書いても代わり映えがしなくなってきたので、
今日から思いつきで選手名鑑でも綴っていこうかと思う。
第一回は、特大号で初めて獲得したFP、バステンのモデルである
マルコ・ファン・バステンにしよう。


Marco Van Basten
マルコ・ファン・バステン

本名:Marcel Van Basten
ニックネーム:マルコ
国籍:オランダ 出身:ユトレヒト
生年月日:1964/10/31
身長:188cm 体重:80kg
所属クラブ:
 1970-80 UVVユトレヒト
 1980-81 エリンベイク・ユトレヒト
 1981-87 アヤックス
 1987-95 ACミラン

彼を世界最高のストライカーと讃える人も少なくない。
長身をいかしたヘディングはもちろん、
左右どちらの足でも強烈で性格なシュートを放て、
スピードとスタミナ、冷静さと闘争心を兼ね備えた、
まさに彼こそが完璧なストライカー像だ。
特に1988年に欧州選手権決勝でのゴールは、
サッカーファンの記憶に残ったものだ。
左サイドのアーノルド・ミューレンから上がったアーリークロスを、
角度のないところから右アウトサイドでノートラップシュート。
キーパーのダサエフもまったく動けないほどに、
その状況からのシュートが、ゴールマウスを通過する可能性は低かった。

約15年の間、トップチームでプレイしたわけだが、
成績も目を見張るものがある。
アヤックス時代は148ゴール、ACミラン時代は124ゴール、
そして代表ではアンダー18から数えて37ゴールをあげている。
86年以降ケガで長期離脱することが多かったことも考えると、驚異的な数字だ。
チームとしても、
アヤックス時代にリーグ優勝3回、オランダ・カップ3回、ウィナーズ・カップ、
ACミラン時代にスクデット3回、イタリア・スーパーカップ2回、
チャンピオンズ・カップ2回、インターコンチネル・カップ2回、
ヨーロッパ・スーパーカップ2回、
オランダ代表として欧州選手権優勝と、数々の栄冠を手にしている。
セリエAでのPK成功率は、マラドーナやバッジョをも凌ぐ95%で
歴代1位だった(1992年ガゼッタ紙)という。

だが、前述したとおり絶頂期の頃から何度もケガに悩まされ、
2ヶ月以上の離脱を繰り返した。
92年、3度目のバロンドールを受賞した翌日にも、
左足に鉄板を入れる手術を受けた。
最後には靱帯の炎症まで加わり、
32歳という若さで引退を決めることになる。
華麗なゴール、輝かしい成績、そして襲ってきた悲劇……
ガラスのエースとは、まさに彼のための言葉かもしれない。



   
     
 



2001年9月8日(土)   38 点
苦難の10年目
 

 
     
  10年目はかなり厳しい年だった。
いままで順調だったのは、ひとえにバステン効果だったことを実感。
得点力が文字通り半減し、2ndステージ以外は優勝できず、
という結果に終わってしまった。
ただ、この1年を通じて那智・久保のツートップも成長したので、
来年以降はまた安定した戦いができるはずだ。

で、スカウトをファン・ハートに変更し、グラーフの獲得をねらう。
何度か出てくるが、10代が出ず、とりあえず放置。
その間に三浦淳宏が17歳が出てきたので、30歳になった中田浩二の
後継者として育てることにした。
長くトップ下をつとめる人見が27歳になったので、
3年ぐらいのうちにイキのいいクライフが欲しいところ。
そのまま引退させて、監督としても使う予定。
グラーフゲットしたら、選手名鑑パート2として書くかな・・・
   
     
 



2001年9月9日(日)   49 点
クライフ名鑑は次・・・・
 

 
     
  サカつく12年目

ついに18歳のグラーフ(クライフ)を獲得する。
半年間基礎トレーニング、2年留学に出して、
クライフが21歳の時にあわせて、チームを改造して行かなくては……
すでに、GKの若島津、ボランチの三浦淳宏が留学に出ており、
新戦力として期待できそうだ。
ファン・バステンを移籍させたのは痛かったが、
おかげで那智、久保のツートップが成長。
クライフの登場とちょうどタイミングがあった。
現在25歳のアクーニャは、クライフがチームに馴染むまで使えそうだ。
長年クラブを支えてきた、中澤、中田浩二は30歳を越えた。
中田の後継者は三浦でいいとして、DFにもう1枚新人が欲しいところだ。
ミハイロビッチは22歳で獲得したため、もうすぐ30歳。
留学から帰ったアルガンチューワがいい働きをするので、
完全に世代交代する日も近いだろう。

クラブハウス、スタジアムもレベル4になり、経営はかなり順調。
人口が足りないせいで、次のレベルに改築できないが、
もう少しでそれも解決しそうだ。
都市バランスは、
住宅13:経済25:スポーツ13:自然14
という具合に、地道にパーフェクトタウンに近づいている。

クライフが引退>監督に就任する前に、パーフェクトタウンを達成し、
完璧な状態で彼にチームをまかせるのが、いまんところの大きな目標だ。
   
     
 



2001年9月15日(土)   47 点
クライフ40年の計
 

 
     
  さかつく14年目。
急速な若返り作戦に不安を覚える友人Fのために、
詳しく布陣を書いてみよう。
名前のあとが年齢だ。

FW
久保竜彦24 那智清隆23 オフェルマルス20 ギッグス20

MF
アクーニャ27 稲本潤一26 杉下竜次25 三浦淳宏21
クライフ20 甲斐雅哉18

DF
鈴木秀人27 アルガンチューワ26 古沼多喜男24
玖珂次郎21 森岡隆三20 萩原忠志18

GK
森敦彦22 若島津健20

3−4−3のシステムのわりにDFが多いのは、
たまたま連続でFP、GPが出現したため。
外国人枠のこともあるし、若いDF陣が成長したら
アルガンチューワは売り時だ。

とまあ、以外と20代中後半もいるわけで、心配ご無用。
このあとクライフを中心に20年、
さらに引退後は監督としても20年やってもらい、
40年間クライフとともに生きようと思っている。
きっとそのころには、PS2版もなにか発表されてるだろう。

つーわけで のばしにのばしてきた選手名鑑を。


Johan Cruijff
ヨハン・クライフ

本名:Hendrik Johan Cruijff
ニックネーム:ヨハン、フライング・ダッチマン、
       エルサルバドル、スーパースター
国籍:オランダ 出身:ヘームステーデ(アムステルダム)
生年月日:1947/4/25
身長:176cm 体重:67kg
所属クラブ:
  -1957 RDHヘームステーデ
 1957-73 アヤックス
 1973-78 バルセロナ
 1979   ロサンゼルス・アズテックス
 1980-81 ワシントン・ディブロマッツ
 1981   レバンテ
 1981-83 アヤックス・アムステルダム
 1983-84 フェイエノールト

トータルフットボールの体現者であり、世界最高のプレイヤーのひとり。
70年代前半にアヤックスの中心として欧州チャンピオンズカップを三連覇し、
74年にはオランダ代表として決勝でドイツと戦い(敗れはしたが)、
リヌス・ミケルス監督の戦術理論を完成させたのがクライフだ。
ゲーム開始時、彼のポジションは3−4−3のセンターフォワード。
しかし、試合の流れとともにウイングとなり、司令塔となり、
ボランチとなり、ストッパーとなる……。
まさに全てのポジションをこなすことができた選手だ。
もちろん、彼の動きにあわせて他の選手も働きを変えるわけだが、
クライフの存在なくしてトータルフットボールの完成はなかっただろう。

オランダ・スペインでのリーグ優勝や欧州選手権など、
クラブチームとしての栄冠は数多く経験したが、
たったひとつ、ワールドカップだけは征することができなかった。
オランダは、クライフという天才をもってしてもカップには手が届かなかったのだ。
個人としては71、73、74年に欧州最優秀選手(バロン・ドール)に3度も選ばれるなど、
世界最高の選手として不動の地位を得たと言える。
クライフが、そしてやオランダがワールドカップで優勝できなかった理由は、
彼らのサッカーに対する考え方にも理由があると考えられる。
クライフは引退後も監督としてトータルフットボールにこだわり、
勝つサッカーよりも、攻撃的でスペクタルに溢れるサッカーを目指し続けた。
バルセロナを指揮し、スペインリーグ4連覇という快挙もなしとげた。
しかしながら、攻撃的なサッカーはリスクを伴うサッカー。
ワールドカップ決勝のようなトーナメント形式では、有利な戦い方とは言えない。
結局今日に至るまで、トータルフットボールが世界を制したことはない。

攻撃的なサッカーはオランダ人の気質にも受け入れられ、世界からも愛された。
近年になってもオランダ代表にはそういった部分が多々見られるし、
そのサッカーを模倣しようとするチームも後を絶たない。
サッカーファンは潜在的にオランダサッカーファンである、と言ってもよいぐらいだ。
トータルフットボール体現し、そして監督としてもその戦術と意志を伝えたクライフ。
サッカーの戦術そのものにこれだけの影響を与えたのは、クライフだけだろう。
それは、彼と並び称される「神様ペレ」や
「皇帝ベッケンバウアー」にもできなかったことだ。
   
     
 



2001年9月16日(日)   59 点
クライフ王国スタート
 

 
     
  15年目、ついにクライフも留学から帰り、
彼を中心にしたチームがスタートした。
帰国後の能力はずっこいの一言。DFもぶりっとうまい。
布陣は以下の通り。

    久保
ギグス   オフェルマルス
   クライフ
    杉下
三浦      稲本
 古沼 玖珂 萩原

3−4−3のポストプレイのため、
トップにはFPの那智ではなく、久保をメインで使っている。
那智はドリブラー型なので、ギグス、オフェルマルスの交代要員だ。
現時点では那智のが高性能だが、架空日本人なので冷遇だ。
アクーニャ、アルガンチューワはキッチリ海外に売却。
ささやかな金を得た。
中田浩二、中澤らもすでに移籍し、選手枠もあまったので
さらに若手を補強した。

一人目は、猪貝(磯貝)だ。
16歳ででてきたので、思わずゲットしてしまった。
プロゴルファーなんかに転身せずにすむように
ミッチリ鍛えてやろうと思ってる。

二人目は、野毛とかいうヤツ。
秘書のコメントがよさげだったので、選手データを確認したら、
なんと架空日本人のFPだった。
久保は杉下が気に入らないとかいって、
お小遣い1000万円をせびりだしたので、
後がまとして取っておいた。FP欄もうまるし、いい感じだ。

上記二人は同年齢だし、
二人揃ってリオデジャネイロにでも出してみる予定でいる。

そしてクライフ王国は、早くも1年目でJ1優勝。
序盤、連携練習についやしたおかけでチームとしてもまとまってきた。
あとは、クライフの光るプレイを見たいねー
   
     
 



2001年9月16日(日)   66 点
クラブハウスS完成!
 

 
     
  サカつく17年目
ついにクラブハウスSを建設。
ハイテクジムをレベルアップすれば、完璧な育成システムの完成だ。
クライフもまだ22歳とノビしろはあるはずだし、
ブリブリっと育成していきたいところ。

一気に2年ほど進めたが、選手に大きな変更は無し、
新戦力として小野16歳を獲得したぐらいだ。
あ、それと久保をリリース。
おかげでポストプレイヤーがいなくなったが、
那智とグラーフがなんとかカバーしている。
留学中のFP野毛が戻れば問題解決だろうが、
適当なJリーガーでも取るかな。JOとかね。

特に補強予定もないので、FP・GKのヤロンと親交があるスカウトを雇い、
のんびり出てくるのを待っているぐらいか。
なぜかヴィッセルにいるので、そのうちつれてくる……ハズ。

ちょっと余裕が出てきたので、ハイテクジムがレベル2になったら、
エディットで黄金聖闘士たちでも作ってみるか。
とりあえず、育成失敗してもいいように牡牛座あたりからで。
   
     
 



2001年9月27日(木)   70 点
無双 人妻弱すぎィィィィィィィ
 

 
     
  サカつくは20年目に突入してるんだが、
とくに変わった出来事はなし。
磯貝をリリースしたとか、そういうことはどうでもよさそうだ。

いまは、真・三国無双2のほうをメインでプレイ中。
最初だけノーマルでやったのち、ハードへ以降。
前作のノーマル>ハードほどの違いはないな・・・
と思っていたら、ただ敵を倒すだけでない制限付きの面は、
かなり難しいことが判明。

劉備がすたこら逃げる長坂の戦いや、
呂布と互角かそれ以上の強さの甘寧が出現するうえに、
本陣に孫権の進入を許したら終わりという合肥の戦いなんかは、
結構戦略的に動かないとかなり厳しい。
もちろん、素早く行動するためには素早く敵を屠る必要があり、
能力はマックスでもちょっと物足りないぐらい。
味方の将軍や兵はハードの強さじゃないようで、
ノーマルだと放置しておいてもよかったやつが、
すぐ援軍くれと弱音を吐く。
そしてそれを放置すると、間違いなく全滅。
もちろん、本陣もとっても弱い。
「本陣苦戦、援軍請う」と言われて駆けつけてみたら、
味方はどっさり、敵は親衛隊が2人だけで、あきれてしまった。

ハードの無双モード(ストーリー)は、キャラを育てると言うより、
育ったキャラを試すと言った感じかもしれない。
コンボしてる時間がもったいないぐらいだ。
無駄な時間を過ごすと、さくっと味方将軍は死んでいく。

ハードを難しく感じてるのは、
いま使ってるシン姫(人妻)がメチャ弱いせいもあるかもしれない。
リーチない、威力ない、そのうえコンボ中に自分が浮いちゃうから、
どんなザコの攻撃でもチャチャが入れ放題という、
いまんところ最もマギィ弱いキャラだ。
ピヨリ攻撃と無双はなかなか強いんだが、通常攻撃が弱すぎて、
ハードモードではちょっとつらいキャラかも。
能力マックスなのに、ホントに弱い。
はやく、こいつクリアして、次いきたいよw
   
     
 



2001年9月30日(日)   65 点
引退セレモニー
 

 
     
  長嶋監督、ホームでの最後の試合の後、
監督、槇原、斎藤、村田の引退セレモニーがあった。
全員好きな選手でも監督でもなんでもないが、
懸命にやってきた人の引き際ってのには、
素直にお疲れさまって気分になるもんだ。

野球と言えば長嶋。これはアンチ巨人・長嶋の人が
どんなにいようと事実だと思う。
そして、これから長嶋のような選手や監督が
出てくることもなかなか想像できない。
例えば彼が政界に出馬したら、当選は確実だろうし、
一万円札の絵柄になっても、きっとオレは驚かない。
その時は、にせ札はプリティらしいがね。

それぐらい偉大な人間の引退。
しかも、今季は野村、星野、東尾などの名監督もこぞって引退する。
プレイするのは選手だけど、特徴のある監督ってのは、
やっぱ話題も豊富で楽しい。
若松、コージ、偽コージ、梨田レベルじゃ、
はっきり言って物足りない。原もたんに地味なんだよね。
来年の巨人はどーなるんだろうね。
   
     
 



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